コンテンツにジャンプ

トップページ > 図書館員の本箱 > 大人向け > 図書館員の本箱 再開第4回

図書館員の本箱 再開第4回

更新日:2020年12月25日

『いのちの初夜』

北條民雄/著

KADOKAWA

2020.11

『「死にたい」「消えたい」と思ったことがあるあなたへ 14歳の世渡り術』

河出書房新社/編

河出書房新社

2020.11

『忙しい日でも、おなかは空く。』

平松洋子/著

日本経済新聞出版社

2008.9

緊急事態宣言を受けての休館中に載せた「図書館員の本箱」原稿は、重たくならないように書こうと意識しましたが、今回は「今年のマイベスト」という事で、思ったまま書くことにしました。

今年、半世紀ぶりに角川文庫で復刊された『いのちの初夜』は、ハンセン病を病みながら川端康成に才能を評価され、23歳で夭折した北條民雄さんの代表作です。今年ほど「命」や生き死にについて考えた年はかつてあっただろうかと自分でも思います。今年この本が復刊されたことには、大きな意味があると思いました。読後あまりに心が揺さぶられ、言葉に出来ずどうしようもなくなりました。あとがきに、『川端康成が小林秀雄に「この小説を読むと、まず大概の小説がヘナチョコに思われる」と言っている』とあります。まさにその通りで、なぜ私は今日まで読まずに来たのか、という思いです。

まだハンセン病(らい病)が不治の病として恐れられ、差別や偏見が根強くあり、らい患者は生前にも縁者はなく、死後にも遺族がいないとしておくのが血のつながる人々への恩愛であるとされていた頃。病に冒され異形となって、ただ「いのち」として生きるという事、小説の中の登場人物、佐柄木の姿や衝撃的なセリフがありました。それは、読んでいて痛くなるくらい苦しいです。でも、不安と苦悩、恐怖につぶされそうになりながらも、文学にすがりつくようにして、命と真正面から向き合った作者とこの作品の中に、覚悟や情熱の灯を感じるのです。圧倒的な命への、そして人間讃歌の物語。北條民雄さんを偲ぶ会が徳島県の阿南市で行われたそうです。死後何十年もたってから、その出身地や本名はようやく公開されました。高山文彦さんが、北條民雄の生涯を追った『火花』というルポルタージュを書いています。そちらもこれから読むつもりです。

一方、コロナで休校明けに不登校となったり、「死にたい、消えたい」という気持ちと戦っていた人が、実は私の周りには結構いました。ある意味心が異形化していくようなつらさを抱えた人たちにも、『いのちの初夜』を読んでほしいなと考えたりする反面、ひきこもりや不登校の若者の心には届かないかもしれない、という思いもありました。つらさを比較するな、今の私のつらさは私だけにしかわからない。『「死にたい」「消えたい」と思ったことがあるあなたへ 14歳の世渡り術』の中の、文化人類学者である磯野真穂さんの文章に「この体は本当に自分のものか?」という問いかけがあります。「消えたい」、自分もそういう気持ちになることがあるし、よくわかんないんだよね、というスタンスでありながら、想定しているであろう若い読者にそっと寄り添いつつ、見方の角度を変えてくれるような文章、秀逸だと思いました。ここにもいます。ヨルシカの『爆弾魔』(「さよならだ人類、みんな、吹き飛んじまえ~」と)を大音量で歌いながら、ひりつくような思春期の日々を過ごしている人が。でも、心臓も胃腸も頑張って動いてくれています。頼まなくても。

『忙しい日でも、おなかは空く。』の書影

翻って、もう1冊、『忙しい日でも、おなかは空く。』この方の著作は他に何冊か読んだことはあったけれど、なぜこの本をもっと早く読まなかったのか、という気持ちになった本パート2です。忙しくても、おなかは空く。はい、ネガティブな気持ちになってもおなかは空きます。そして、この本を読むと、シンプルだけれどおしゃれで、ちょっとやってみたい!となる料理がいっぱいで。いやはや、引き算の美学と言いましょうか。写真も美しいし、日常が素敵になる本です。おそれいりました。

長く、暑苦しくなってしまいました。ま、寒い毎日だからお許しくださいませ。(W)