図書館員の本箱 再開第3回
更新日:2020年12月24日
『サキの忘れ物』
新潮社
2020.6

津村記久子さんの小説に登場する人物から勇気をもらっています。
この作品でも、日々を誠実に生きる人たちに出会えました。主人公はサキではなく「千春」。千春は高校を中退して病院内の喫茶店で働いています。その喫茶店に来て、いつも読書して過ごす初老の女性が、ある日一冊の文庫本を忘れて帰りました。それを手にした千春は、一晩だけと持ち帰り、ページをめくります。このことがきっかけで千春は女性と言葉を交わし始めます。お互いを思いやっておそるおそる交わされる会話。いいなあと感じる場面です。
親にかまわれず、話しかけても無視される千春。友人たちにも軽んじられています。ですが、千春のよいなと思うところは、どのようなときもくさることなく、たんたんと受け止め、怒ったり悩んだりすることにエネルギーを使わず、ならばこの状況にどう対応したらよいかという工夫に変えて行くところです。一冊の文庫本との出会いが、ゆっくりと一人の女性を未来へ向かわせる物語です。(H)
後記:2020年。他に心に残ったのは
- 『一篇の詩に出会った話』Pippo/編 かもがわ出版
- 『世の中と足並みがそろわない』ふかわりょう/著 新潮社
- 『結婚の奴』能町みね子/著 平凡社でした。
※書影...津村記久子『サキの忘れ物』(新潮社刊)