漁港の肉子ちゃん
更新日:2020年5月8日
『漁港の肉子ちゃん』
幻冬舎
2011.8
自分にとって、その本が本棚にあること自体が大切な本がいくつかあります。西加奈子さんの作品『漁港の肉子ちゃん』がそのひとつです。
漁港近くの焼肉屋さん「うをがし」で住み込みで働く母、肉子ちゃんと小学5年生の娘キクりんが過ごす日常を描いた作品。底抜けに明るく細かいことを気にしない肉子ちゃんと、対照的に冷静な視点でどこか冷めたムードをかもすキクりん。漁港周辺の港町でおとなになろうとしていくキクりんの周りで、色々な「おとな」たちが躍動します。漢字を解体して読みたがる肉子ちゃんのキャラクターや、キクりんを強いまなざしで支えようとするサッサンという焼肉屋のおじさんなど、登場人物にも舞台となる港町にも人情味があふれているようでいて、パッと読んでポジティブには見えない物語だと思います。
好きな作家さんの本を読んでいると、ある共通点に気づくことがあります。それは、作家さんの原風景と思われる描写が複数の作品に顕れていることです。例えば、小山田浩子さんの『穴』や短編集『庭』という作品からは、裏庭のにおいや苔、草、石、地下水に対する感覚が強く感じられます。また、西加奈子さんの作品には「ジャッジしない目」という表現が頻繁にあらわれます。『i』や『まく子』といった作品の中でも、ジャッジしない目への愛、まっすぐ自分を見る目への愛が表出しています。勝手な想像でしかありませんが、そういった原風景と思われる表現に触れると、自分の幼い記憶まで鮮烈によみがえってきてゾクッとします。
ジャッジしない、ということは考えてできることではない気がします。そもそもジャッジしないことが是ともいいきれないと思います。人を見る目は自由です。ただジャッジが大好きな人ばかりだなと思うこともあります。
わかるようでよくわからないことをわからないままで包んでくれる本です。矛盾している自分も許してくれます。不信しかない毎日をやすらかにしてくれます。だから、この本は私にとっておまもりになっています。こういう本と出会えるから自分は本を読むことが好きだし、幼稚で青臭いとジャッジされることも悪くないと思っています。ストレートな自分の感情で本を読みたいという方に、ぜひ読んでいただきたい本です。(S)