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図書館員の本箱 再開第5回

『ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集』

斉藤 倫/著 高野 文子/画
福音館書店
2019.4

 2020年はいつもより本を読む時間が増えました。家にいる時間が格段に増え、なかなか見通せない現実を前にして、なんとなく別の世界に没入することを求めていたからかもしれません。

 そんな中読んだ本のうち、「マイベスト」と聞いて頭に浮かんだひとつがこの本でした。先輩がこの本の話をしてくださったおかげで、きちんと読んでいなかったことを思い出し、お話を聞いてさらに読みたくなり、手に取ることができた1冊です。

 

 「詩についての本」という説明だけでは圧倒的に何かが足りないこの本は、表紙の絵のように、あけっぱなしの「ぼく」の家の玄関から「きみ」が入ってくるところから始まります。きみは子ども、ぼくは自称"いい年をしたおっさん"。きみが訪ねてくる度、何気ない会話の中でぼくはきみに様々な詩集を手渡します。実在する20篇の詩を交えながら、ぼくときみは詩やことばについて思いを巡らせます。

 文法的に正しいものがいつも自分の心を的確に表せるかというとそうではなく、実際に起きた事実だけが「ほんとうのこと」なのではない...、そういった二人のやりとりや詩を読んでいると、言葉にならない感覚や、いつか忘れてしまうような一瞬を、事細かに説明するのではなく、整理するのでもなく、ただそのままの形で拾い上げてもらえたような感覚になりました。それは、この本で挿絵を手掛けている高野文子さんの漫画を読んだときの感覚にも近いものがありました。

 

 「詩も、ことばと、ことばのあいだに、あるのかな?読んでたら、すきまに、おっこちちゃう感じがした」

 きみが詩にふれて言うせりふですが、この本全体にも、私はすきまを感じてとても心地良かったです。

 言葉の奥にある別の感情、言葉の間にあるためらい。曖昧さ、その中にある自由。そういったすきまが尊重されているように思いました。そしてそのすきまは、日々や生きることそのものなのではないかと自分は感じました。読んでいくと、年齢の離れたぼくときみがどんな関係なのか分かりますが、その描き方も含めて、日常や生きることを尊重しているように感じます。

 

 読み終えたあと、喜びのような、少しの切なさのようなものが胸に広がっていき、寝転んでただ何もせず、しばらくぼうっとしていました。

 自分にとって心地良い本に出会えたとき、余韻に浸りたくなる感覚を思い出させてくれた2020年の大切な1冊です。(S)

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